新年のご挨拶

 

新年のご挨拶

戊戌年・平成三十年をお健やかにお迎えのこととお喜び申し上げます。

私事で恐縮ではありますが、私、久慈竜也は本年六十歳の還暦を迎えます。私が二十歳のころの六十歳は見るからに老人でありました。私も六十歳になったらこのような老人になるのだろうと思っておりましたが、その六十歳になります。
今の大学生の方から私を観たら実際に何歳に見えるのでしょうか。
久慈設計は創業以来、八十七年になります。

DSC06061.JPG

 
昭和六年六月に私の祖父・久慈謙二が久慈工務所を設立したのが始まりです。
昭和六年? 
いったい岩手にはどのような建築が存在していたのでしょうか?
大正十二年に昭和天皇のご成婚を祝い建築発議され、昭和二年に完成された岩手県公会堂が岩手県内で一番高い建築物であったと思います。
アスファルト舗装でなく、馬車道が盛岡でも当たり前の時代ではなかったでしょうか?
そんな時代に建築設計を家業とした祖父、久慈謙二はなぜ工務所を立ち上げたのか。祖父、久慈謙二は昭和六年に盛岡銀行が破綻した時、盛岡銀行の営繕課長であったと聞いています。経済が困窮しているときに、建築設計の業を起業した時は、当時大工さんの手間人として設計図を書いていたのだと思います。設計料等をまともにいただけなかった時代に、社員と家族を養うことは並大抵ではなかったと思います。
祖父は、建築設計の業務を通じて、大工さん、お施主様と付き合い、完成した建物がお客様の期待値以上の満足を頂けて、「君に頼んで良かった」「ありがとう」と言われたことが嬉しくてこの建築設計事務所「久慈工務所」を堅持したのではないかと思います。二代目所長・久慈次男は急逝した父親の後を引継ぎ「久慈建築事務所」と改名、その後昭和三十三年に「久慈一戸建築研究所」として久慈次男・一戸二郎共同による鉄筋コンクリート造の構造計算ができる設計事務所として組織設計事務所へと発展しました。一戸会長さんがご逝去され、創立より六十年を迎えた時に「久慈設計」と改名、今年で創業八十七年となります。
幾多の変遷を乗り越えても不変なもの、「真摯に、愚直に」
そしてお客様の信頼に応え、お客様・社員・社員の家族の笑顔をしっかりと守ること。「君に頼んで良かった」「ありがとう」と言っていただけるよう研鑽を積み、時代のニーズをしっかりと受け止めながら、還暦を迎えた私は、元の一に戻り、全ての社員と一つになってお応えしてまいります。
Always with a SMILE!
 
 
平成三十年正月
株式会社 久慈設計
代表取締役久慈竜也